「青葉の碑」合葬追悼会でのあいさつ

 5月20(日)



「青葉の碑」合葬追悼会でのあいさつ

 第35回「青葉の碑」合葬追悼会に際して、日本共産党徳島県委員会を代表して、ごあいさつをさせていただきます。

 昨年1月に亡くなられた山本梅子さんは、日本共産党の県委員長を歴任された長男の山本茂樹さんを支え、日本共産党に入党され、県議選挙、市議選挙などで川内地域の中心的役割を果たしてこられました。

 昨年4月に亡くなられた内田秋子さんは、私とは民青同盟で共に活動した同志で、市バス労組の青年婦人部役員としてストライキの先頭に立ちました。また、日本共産党徳島市後援会の結成に尽力し、長く事務局次長として活動されました。

 昨年5月に亡くなられた市原愛一(よしかず)さんは、六〇年安保闘争のなかで日本共産党に入党され、堀江支部長、徳島地区委員を歴任され、鳴門市での日本共産党建設と市議誕生に貢献されました。また、全解連や農民連の結成に参加されました。

 昨年9月に亡くなられた井出猛さんは、63年間にわたり日本共産党員として活動され、私は大学時代、南販売所支部でご一緒させていただきました。日本共産党徳島市後援会の結成以来、お亡くなりになるまで会長として先頭にたってこられました

 昨年9月に亡くなられた沢田春子さんは、木頭村で初の日本共産党議員をされた夫の初夫さんを支えて、入党され、細川河内ダム反対や原水禁運動などで貢献されました。

 昨年9月に亡くなられた大崎次(やどる)さんは、62年間にわたり日本共産党員として活動され、1967年から9期連続で海南町議選挙に当選し副議長にも就任しました。浅川漁協理事を務め、県南への原発建設計画を中止させる先頭に立ちました。

 昨年11月に亡くなられた武知芳子(よしこ)さんは、65年間にわたり日本共産党員として活動されました。五〇年問題では亡くなられた夫の武知寿元県委員長と共に、党の統一と団結のためにねばり強く活動し、県党の礎を築いていただきました。

 今年合葬される方は、長きにわたり、徳島県の日本共産党を支えていただいた同志で、私も世話になった方ばかりで残念でしかたありません。

 民主党が自民党以上に悪政を推進している今ほど、日本共産党の存在が国民から求められている時はありません。昨年の東日本大震災と福島第一原発事故は、財界中心、アメリカいいなりの政治ではダメだと言うことを教えています。  

 日本共産党はこの7月15日で、党をつくって九十年になります。先輩の同志が人生をかけて党の伝統を守り発展させてこられました。あとに残された私たちは、革命的な伝統を引き継ぎ、質量とも強い党を作り、今度こそ国会で議席を増やし、民主連合政府樹立を展望できるようにしなければと思います。

 私は、衆議院選挙の予定候補として頑張り抜く決意です。あらためて、みなさまのありし日の姿をしのび、ご冥福をお祈りしまして、追悼の言葉といたします。

  2012年5月20日(日)  日本共産党徳島県委員会書記長 古田元則

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